スタンプ台 [事務所生活]
スタンプ台。 事務屋の誰もがお世話になるあの黒いインクを浸み込ませたやつです。これを見るたびに思い出すエピソードが在ります。
二十数年前、自分がまだかけだしのころです。 製造業のS社を担当させてもらうことになり、先輩から丁寧な引き継ぎを受け、準備万端、一人でお邪魔するようになった第1回目のことです。
顧問先に到着し、社長と事務員さんにご挨拶し、月次の監査を開始しました。 暫くして、向かいに座ってらっしゃる事務員さん(50代、女性、ベテランさん)がこちらに視線を投げかけ、ニヤッとして一言。
「まだ初心者ね。」
私、
「ま、そうなんですけど、どうして判ります?」
事務員さん、
「あのね、スタンプ台。」
私、
「スタンプ台がどうかしましたか?」
事務員さん、
「普通ね、スタンプ台は今あなたが置いてるように、蓋の文字が自分から読める方向に置いてから蓋をあけたくなるでしょう。 でもプロの事務屋は逆に置くの。 蓋が自分の方に来るように。 で、蓋の内側を印を置くトレイに使うの。 そうすると机も汚れないし、服の袖も汚れないわよ。 これを知ってるかどうかで初心者かどうか判るっていう訳。」
恐れ入りました。簿記とか勉強して、会計事務所の看板背負ってはりきって外回りして始めたものの、まだとんだアマチュアだった訳です。その方がお使いのスタンプ台の蓋の内側を見せてもらうと、黒くインクがついて、いかにも使い込んだ様子。 それに比べて自分のスタンプ台はピカピカで汚れ一つなし。キャリアの差ってこんなところにも出てくるんですねえ。
この方にはその後も大変良くして頂いたのですが、しばらくして体調を崩され、長期のお休みをとられました。 癌だったのだそうです。 結局復帰することなくお亡くなりになりました。何のお礼も出来なかったのですが、こういう大切な作法を若い世代に語り継いでゆきたいと思います。
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